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言えない、その我儘 8

Author: 花室 芽苳
last update Last Updated: 2025-10-25 22:25:00

 眞杉《ますぎ》さんを一人置いてきたことは申し訳ないと思うが、今は梨ヶ瀬《なしがせ》さんと話す気分じゃない。

 後ろを振り返る事も無く廊下をスタスタと歩いて階段を上りかけた、その時……

「ちょっと待ってよ、横井《よこい》さん!」

 聞きたくない声に、このまま無視して駆け上がろうかとも考える。さっきのミーテイングルームでの出来事だって、まだ自分の胸の中を騒がせているというのに。

 こんなことがバレれば、梨ヶ瀬さんを調子に乗らせるだけで。いつも通り冷静な反応をできる自信が無いから、彼を避けようとしてる。

「……何ですか、食事くらいゆっくりしてきたらどうなんです?」

「ちょっとは二人にしてあげた方がいいでしょ? 奥手な鷹尾《たかお》がどうするのか楽しみだし」

 どう考えても後半が彼の本音でしょうね。

 二人がどんな状況になっているか少し心配になるが、これも鷹尾さんと眞杉さんにはいい機会だと思うことにした。

 だからといって、梨ヶ瀬さんが私を追いかけてくる必要はないと思うのだけど。

「悪趣味ですね、梨ヶ瀬さん。私は貴方にだけは恋愛の協力を頼みたくはないですね」

「そうだね、頼まれてあげる気もないけど? 俺はそんなポジションにつく気はないし」

 本当にやりにくい人だと思う。

 普通はこれだけ言えば諦めたりするんじゃないかって思うけれど、この人はそんな様子は見せない。

「どうして、私なんです?」

 たくさんの言葉をもらっても、まだ私は自分が選ばれてる理由が分からない。いくらでも魅力的な女性が周りにいるのに、彼は私に固執する。

「欲しがりだね、横井さんは。いくら言っても、まだ不安なんだって顔をしてる」

 そんな私の隠した部分まで勝手に暴こうとするから、貴方のことが嫌いなのに。

  ……そうよ、不安よ? それの何が悪いの、私は梨ヶ瀬さんみたいに自信があるわけじゃない。この人の隣に立つ勇気もないの。

「だったらなんだって言うんですか? 私は……」

「いいよ、いくらでもあげる」

 言われた言葉の意
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